ノーザンテリトリー政府観光局

ノーザンテリトリー政府観光局
現在のノーザンテリトリーはもともと理論的にはニューサウスウェールズ植民地の一部であったが、全く放置されていた。1863年、南オーストラリア植民地がこの地域の編入を申請し認められた。南オーストラリアは日本人を入植させる計画だったがうまく行かず、結局1911年に連邦政府に返還した。以後、連邦政府の直轄地となる。第二次世界大戦中は軍政が敷かれ、1942年から1943年にかけて首府ダーウィンが繰り返し日本軍の爆撃を受けた。1978年連邦政府から準州の地位を認められ、自治権を獲得した。

北はアラフラ海とティモール海に面し、沖合いには多くの島嶼が浮かぶ。西は西オーストラリア州、南は南オーストラリア州、東はクイーンズランド州と接する。州の北部は概ね平坦地であるが、南部にはマクドネル山脈(最高所1,510m)と呼ばれる山塊が広がる。気候は北部海岸付近が熱帯性の気候であり、内陸部は砂漠気候である。 同州の標準時 (中部オーストラリア標準時: (A)CST) はUTC+9時間30分(日本標準時+30分)である。夏時間は採用されていない。

現在のノーザンテリトリーはもともと理論的にはニューサウスウェールズ植民地の一部であったが、全く放置されていた。1863年、南オーストラリア植民地がこの地域の編入を申請し認められた。南オーストラリアは日本人を入植させる計画だったがうまく行かず、結局1911年に連邦政府に返還した。以後、連邦政府の直轄地となる。第二次世界大戦中は軍政が敷かれ、1942年から1943年にかけて首府ダーウィンが繰り返し日本軍の爆撃を受けた。1978年連邦政府から準州の地位を認められ、自治権を獲得した。 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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